ID

生まれてからいつ頃でょうか、自分が誰ですと言えるようになるのは?「○○小学校一年一組の○○です」この辺から始まり、人は歳を重ねるにつれて自分が誰なのかにいろいろなタイトルをつけていきます。日本人、男性、女性、若者、年寄り、ミュージシャン、医者、公務員、、自分へのタイトルは数々あります。そして、さらに、「自分は○○な人間だから。自分は○○な性格だから」というのもタイトルと同じ役割をします。要は自分はこうであるという身分証明書を自分に発行しているようなものです。

でも、本当に身分を証明しなければならない時は別として、この「自分を見るための心の身分証明書」、「IDカード」は人の可能性や能力を考えた時に、自分をとても狭めて限定してしまう壁になり得ます。

もし人が自分のことを知ってると思わなかったら、自分がどこの誰だか全く実はわかっていないことに気がついたら、その人の可能性は無限大になります。

もし、アートがその人の心の深い部分を表すのなら、その深い部分はきっと心の中の私たちが全く知らない部分でそのにアクセスするためには、まず、私たちが、自分が誰か全く知らないことからスタートしなければなりません。

ですので、身分証明は人に制約を与え、NO iDは可能性を無限大にします。

それが今回のアルバム、”NO ID”です。

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