コミュニティー

私は基本的に大勢の人と遊んだり飲み会に行ったりということが全く好きではありません。1人でいる方が楽ですし楽しいと感じます。ですが砂漠の真ん中で一人で生活していくのを望むかということ、そうでもありません。1人だけではどんなにいい音楽を作ってもそれを聞いてくれる人もいないわけです。またこのブログを書いていること自体、たった1人は想定されていないわけです。つまり人間は太古の昔からそうですが、何かしらのコミュニティーの中で生きているわけです。私の友人のニューヨーク大学の教授が、多くの偉大なジャズミュージシャンのインタビューシリーズを本にしているのですが、それを読んでも、みんな先輩ミュージシャンなどが近くに住んでいて教えてもらった、自分が行っていた大学の卒業生のコミュニティーで学んだなど、必ず人と人が集まっているものの中で活動しています。縄文時代から人は集まるものなのですね。

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ところが、人が集まると、そこに属さない人を廃絶するということも生まれてきます。ローマ帝国の頃からクリスチャンはイスラム教徒と揉めていましたし、人種問題は当然、ある集団が別の集団を廃絶しようとすることから発生します。そこに政治とお金とパワーゲームが複雑に絡むと今の世界の状況が生まれるのだと思います。政治家はこの人間の持つ、コミュニティーを必要とする気持ち、また自分の集団以外を廃絶しようとする行為を、国によってうまく操り自分の目標を達成しようとしているようにしか私に見えません。アメリカでも、アジアでも中東でもヨーロッパでもアフリカでも、絡んでいる複雑な内容は違えど、根本の問題はこの、「集まる」「他者の廃絶」があるように思えます。もっと卑近な、町内会とか学校とか、会社とか、または子供の仲良しグループとか、そのような小さな範囲でも同様のことが起きます。

ただ、「同様のこと」つまり、残念ながら多くの場合は「問題」なのですが、、、これが人間の歴史の中に常にあるということは、逆に言えば、「人が集まるところにパワーとエネルギーが生まれる」ということでもあります。

ではこのエネルギーをどう使うのか、負のエネルギーにしてしまうのか、そのエネルギーで前に進めるのか、ここが今世界で一番問われているように感じます。

2026年、エネルギーバランスが大きなコミュニティーでも小さなコミュニティーでも、保たれていくと

良いなと思います。